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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)8196号 判決

原告 岩瀬鑛三郎

右訴訟代理人弁護士 蓬田武

被告 中込淑子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 吉田麻臣

同 福島啓充

同 千葉隆一

同 河野孝之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  控訴費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物(以下、「本件建物」という。)を収去し、同目録一、二記載の各土地(以下、右両土地を総称して「本件借地」という。)を明け渡せ。

2  被告らは、原告に対し、各自昭和六一年五月一日から右明渡ずみまで一か月九六四八円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右1、2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三四年二月二六日、被告中込淑子(以下「被告中込」という。)に対し、原告所有の本件借地につき期間を同日から二〇年間とする普通建物所有の目的で賃貸し(以下「前賃貸借契約」という。なお、前賃貸借契約に基づく被告中込の賃借権を「前賃借権」という。)、これを引き渡した。

2  原告は、昭和五四年二月二六日、前賃貸借契約の期間満了に伴い、被告中込との間で、左記約定で前賃貸借契約を更新した(以下「本件更新」又は「本件契約」という。なお、本件契約に基づく被告中込の賃借権を「本件賃借権」という。)。

(一) 使用目的 普通建物所有

(二) 期間 昭和五四年二月二六日から二〇年間

(三) 賃料 一か月九六四八円

(四) 特約

(1) 被告中込は、本件借地上に所有する別紙物件目録四記載の建物(以下「旧建物」という。)を改築又は増築するときは、事前に原告の書面にする承諾を受けなければならない。但し、原告は、被告中込に対し、本件更新の日(昭和五四年二月二六日)から七年を経過するまでの間、一回に限り、同被告が本件借地上の旧建物の増改築、建替、補修等を無償で行うことを許諾する(以下、この(1)の本文及び但書を含め「本件特約」という。)。

(2) 被告中込が右(1)に違反したときは、原告は、無催告で本件契約を解除することができる

3  本件特約違反を理由とする解除

(一) 被告中込は、昭和六一年三月末日ころから、本件特約に違反して、本件借地上の旧建物を取り壊し、同年四月初めころから、同土地上に本件建物の新築工事を開始した(以下、右各工事を総称して「本件改築」ということもある。)。

(二) 原告は、昭和六一年五月六日、被告中込に対し、口頭で、本件特約違反を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。

4  本件賃借権の一部譲渡を理由とする解除

(一) 被告中込は、昭和六一年七月一九日、本件借地上に新築した本件建物につき、被告中込が持分一〇分の三、被告加瀬富子(以下「被告加瀬」という。)が持分一〇分の七とする所有権保存登記をし、これに伴い、そのころ、同被告に対し、右持分に応じた本件賃借権の一部を譲渡し、被告らは、本件借地を占有している。

(二) 原告は、昭和六一年一二月二八日被告中込に到達の書面をもって、本件賃借権の一部譲渡を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。

5  昭和六一年五月一日以降の本件借地の相当賃料額は、一か月九六四八円である。

6  よって、原告は被告中込に対し、賃貸借契約の終了による原告回復請求権に基づき、本件建物の収去及び本件借地の明渡とともに昭和六一年五月一日から右明渡ずみまで一か月九六四八円の割合による損害金の支払を、同加瀬に対し、本件借地の所有権に基づき、本件の建物収去及び本件借地の明渡とともに昭和六一年五月一日から右明渡ずみまで一か月九六四八円の割合による損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、前賃貸借契約の成立年月日を除く、その余の事実は認める。

なお、被告中込は、昭和三五年ころ同被告の前の賃借人から本件借地の賃借権を譲り受け、そのころ、原告との間で、前賃貸借契約を締結した。

2  請求原因2の事実のうち、本件更新の成立年月日を否認し、その余の事実は認める。

なお、昭和五四年二月二五日、前賃貸借契約の期間が満了したが、実際に原告と被告中込との間で本件更新をしたのは、同年一二月二八日である。したがって、本件特約但書の七年間の起算日は、本件更新の合意をした昭和五四年一二月二八日からである。

3(一)  請求原因3の(一)の事実のうち、被告中込が本件借地上の旧建物を取り壊し、同土地上に本件建物の新築工事を開始したことは認め、右各工事の開始日時及び同被告が本件特約に違反して各工事をしたことは否認する。

なお、被告中込が旧建物の取壊工事に着手したのは昭和六一年二月一五日であり(同年三月一五日完了)、本件建物の新築工事の期間は同年三月二八日から同年六月三〇日までの間である。したがって、前記のとおり、本件特約但書の七年間の起算日が昭和五四年一二月二八日であり、その終期が昭和六一年一二月二八日であるところ、右期間内に本件建物の新築工事を終了しているから、被告中込が本件改築をしたことにつき本件特約違反はない。

仮に、本件特約但書の七年間の起算日が昭和五四年二月二六日であり、その終期が昭和六一年二月二六日であるとしても、被告中込は、それ以前の同月一五日から旧建物の取壊工事に着手しているから、本件特約違反はない。

(二) 同3の(二)の事実は認めるが、解除の効果は争う。

4  請求原因4の(一)の事実は認める。同4の(二)の事実は認めるが、解除の効果は争う。

5  請求原因5の事実は被告らにおいて明らかに争わない。

三  抗弁

1  請求原因3(本件特約違反を理由とする解除)について

(一) 原告の承諾

(1) 原告は、昭和六一年以前から、原告の長女である松坂那智子に対し、本件借地上の旧建物の増改築等の許諾に関する代理権を授与した。

(2) 被告中込は、昭和六一年一月六日、原告の代理人である右松坂から、本件改築の承諾を得た。

(二) 被告中込の本件改築は、背信行為と認めるに足りない特段の事情がある。

すなわち、被告中込は、昭和五四年の本件更新の際、原告に対し、更新料として一五〇万円を支払った。右金額は、当時の近隣地域で一般的に授受されていたものと比較すると、著しく高額であったが、これは、更新承諾料のほか、将来被告中込においてなす旧建物の増改築・建替について原告が事前に承諾を与えた承諾料としての趣旨も含まれていた。したがって、原告は、本件改築がなされることについては予め十分認識していたし、旧建物の増改築・建替について承諾を与えたことに対する経済的な利益もすでに得ているから、本件改築が、原告に対し何らの不利益を与えるものではない。また、新築された本件建物は、旧建物と同様、木造二階建であり、借地の通常の利用上も相当なものということができる。

2  請求原因4(本件賃借権の一部譲渡を理由とする解除)について

被告中込の同加瀬に対する本件賃借権の一部譲渡は、次のとおり、背信行為と認めるに足りない特段の事情がある。すなわち、

(一) 被告加瀬は、同中込の次女として、昭和三五年から本件改築に至までの間、本件借地上の旧建物に居住していた。

(二) 本件改築当時、被告中込は、七八歳という高齢であったため、そのころ既に本件借地上の旧建物の管理等の一切を同加瀬に委ね、また、本件改築資金も、被告らの所持金に加え、被告加瀬が名義人となって銀行から九〇〇万円の融資を受け、さらに、被告らの親族間では、被告加瀬が同中込の老後の生活の世話をし、本件賃借権及び本件建物を相続する旨の合意がなされていた。以上の経過により、被告中込は、本件建物を同加瀬との共有とし、これに伴い、同被告に対し、本件賃借権の一部を譲渡したものである。

(三) 本件賃借権の一部を被告加瀬に譲渡したことにより、現実に地代の支払が悪くなったり、また本件借地の利用方法に著しい変化を来たすといった事情は何ら存しない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1について

(一) 抗弁1の(一)の(1)及び同(2)の各事実はいずれも否認する。

(二) 抗弁1の(二)のうち、被告中込が本件更新の際原告に対し、契約更新料一五〇万円を支払ったことは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

なお、右更新料は、本件更新の対価として授受されたものであるから、本件特約に違反した本件改築に対して有する原告の解除権を何ら制約するものではない。

(三) 抗弁1の(二)に対する原告の主張

本件改築が、原告との信頼関係を破壊する背信行為であり、原告の解除が正当であることは、次の点からも明らかである。すなわち、

(1) 被告中込は、本件建物の建築確認を受けずに建築工事をしたため、昭和六一年四月三日ころ江東区役所から本件建物工事の建築停止命令を受けたにもかかわらず、これを無視して右工事を強行したのみならず、右停止が原告側の密告によるものと邪推し、同加瀬の夫である加瀬稔が同月四日夜原告の長男である岩瀬哲朗宅に押しかけ暴行に及んだもので、これらが、原告との信頼関係を著しく破壊する背信行為であることはいうまでもない。

(2) 仮に、原告が本件改築を承諾しない場合には、裁判所に増改築等の許可(借地法八条の二)を求めることができたにもかかわらず、被告中込は、右の裁判上の手続を一切とらずに、原告に無断で本件改築をした。

2  抗弁2について

(一) 抗弁2の冒頭の主張は争う。同2の(二)の事実のうち、被告中込が同加瀬に対し、本件賃借権の一部を譲渡したことは認め、その余の事実は不知。同2の(三)は否認ないし争う。

(二) 抗弁2に対する原告の主張

本件賃借権の無断譲渡が、原告との信頼関係を破壊する背信行為であり、本件解除が有効であることは、次の点からも明らかである。すなわち、

(1) 本件契約の契約書には、「賃借人が本件賃借権を譲渡し、又は本件借地を転貸するとき、その他、名目のいかんを問わず、事実上これらと同様の結果を生ずる行為をするときは、事前に賃貸人の書面による承諾を受けなければならない。」と明記され、右に違反したときには、賃貸人が本件契約を解除できる旨の特約が存したのであるから、被告らが抗弁2で主張するような事情のいかんにかかわらず、右特約条項に直接違反すること自体、重大な背信行為である。

(2) 仮に、原告が本件賃借権の一部譲渡を承諾しない場合には、裁判所に賃借権の譲渡等の許可(借地九条の二)を求めることができたにもかかわらず、被告中込は、同加瀬に対し、右の裁判上の手続を一切とらずに、原告に無断で本件賃借権の一部を譲渡した。

(3) さらに、前述した、被告中込の本件特約に反した本件改築及び本件賃借権の無断譲渡を併せ考えれば、原告との信頼関係を著しく破壊する至ったものであることは明白である。

(原告の右主張に対する被告らの認否)

前記四の1の(三)の冒頭の主張は争う。同(1)の事実のうち、被告中込が本件建物の建築確認を受けずに建築工事したため、昭和六一年四月三日ころ江東区役所から建築停止命令を受けたことは認め、その余の事実は否認する。同(2)の主張は争う。

同四の2の(二)の冒頭の主張争う。同(1)の事実のうち、本件契約の契約書中に、原告主張の内容の特約の存することは認め、その余は否認ないし争う。同(2)及び同(3)の主張はいずれも争う。

第三証拠《省略》

理由

1  請求原因1(前賃貸借契約の成立)について

1 請求原因1の事実のうち、前賃貸借契約の成立年月日を除く、その余の事実は当事者間に争いがない。

2  右1の争いのない事実に、《証拠省略》によれば、被告中込は、昭和三五年一〇月ころ、原告の承諾を得て、本件借地の前賃借人から本件借地の賃借権を譲り受け、昭和三五年末か又は三六年初めころまでに、本件借地上に旧建物を新築したこと、ところで、被告中込は、右賃借権の譲受につき原告から承諾を得る際、前賃借人と原告との間の更新日ないし契約成立日等であった昭和三四年二月二六日をもって、原告と前賃貸借契約を締結した旨の土地賃貸借契約証書を作成していることが認められる。これによれば、被告中込は、前賃借人の地位を承継したというべきであるから、前賃貸借契約の存続期間等は、前賃借人と原告との間の更新日ないし契約成立日等である昭和三四年二月二六日を基準とするのが相当である。

二 請求原因2(本件更新)について

1 請求原因2の事実のうち、本件更新の成立年月日を除く、その余の事実は当事者間に争いがない。

2 右1の争いのない事実に、《証拠省略》によれば、原告と被告中込は、前賃貸借契約の期間満了の昭和五四年二月ころから、その更新の協議を続けていたこと、しかし、更新料の額などを巡って交渉が難航し、結局、同年一二月二八日、被告中込が原告に対し更新料として一五〇万円を支払い、本件更新のなされたことが認められる。もっとも、合意による更新が前賃借権消滅後になされても、その更新の効果は、特に合意しない限り、原則として、前賃借権消滅時に遡及すると解されるところ、本件において、本件特約但書の七年間の起算日に関し、特に右合意が明示又は黙示的になされたと認めるに足りる証拠はないから、本件特約但書の七年間の起算日は、前賃借権消滅時を基準とするのが相当である。

三 請求原因3(本件特約違反を理由とする解除)について

1 請求原因3の(一)の事実のうち、被告中込が本件借地上の旧建物を取り壊し、同土地上に本件建物の新築工事を開始したこと(但し、右各工事の日時を除く)、同(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2 原告と被告との間において本件特約の存することは、当事者間に争いがないところ、本件特約において定められた、原告が増改築等を許諾した期間の七年間の起算日は、前記二の2で説示したところによれば、昭和五四年二月二六日であると認められる。

ところで、旧建物の取壊工事の開始時期等について原告と被告中込との間で争いがなり、また、本件において、右両者間で本件特約を結んだ際、前記の七年以内に増改築の工事等をすべて終了する趣旨であるかにつき明確な合意・了解がなされていたことを認めるに足りる証拠はなく、これについては、右期間の趣旨・解釈など問題となる。しかし、これらの点をさておき、本件改築工事の全部又はその一部が本件特約但書の期間を経過してなされた点において、仮にこれが本件特約違反であると評価される余地があるとしても、左記のとおり、本件改築が原告に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない特段の事情の存することが認められる。すなわち、

(一)  《証拠省略》によれば、本件建物の新築工事は同年六月末ころまでに完了し、旧建物の取壊工事着手後右新築工事終了までの期間は約三か月ないし四か月であり、本件特約但書で原告が許諾していた期間の終期から起算しても、その約四か月後には右各工事を終了していること、本件建物完成時点における本件契約の残存期間は、一二年七か月余あったこと、旧建物及び本件建物の各構造・種類・床面積等は、別紙物件目録三、四記載のとおりであり、いずれも小規模の共同住宅であること、原告は、本件特約但書の七年間の期間内であれば、旧建物の増改築にとどまらず建替についても承諾していたものであり、また、本件更新の際に被告中込から原告に支払われた前記の一五〇万円の中には、旧建物の建替等の承諾料の趣旨も含まれていたこと、なお、被告中込らは、昭和六〇年四月ころから、本件改築を計画・準備していたことが認められる(《証拠判断省略》)。

右認定の右各工事のなされた時期・期間、これと本件特約において原告が増改築等を許諾していた期間との関係、旧建物と本件建物の構造又は種類等にみられる本件借地の利用状況、前記の一五〇万円の趣旨、本件改築の原告側に及ぼす影響、被告側の事情を総合すると、本件改築は、被告中込の本件借地の通常の利用上相当とされる範囲内のものであり、賃貸人たる原告に対し著しい影響を及ぼすものでないことが認められる。

(二)  原告は、被告中込が本件建物の建築確認を受けずに建築工事をしたため、昭和六一年四月三日ころ江東区役所から本件建物工事の建築停止命令を受けたにもかかわらず、これを無視して右工事を強行したもので、これを、原告との信頼関係を著しく破壊するものである旨主張する。確かに、被告中込が本件建物の建築確認を受けずに、建築工事をしたため、昭和六一年四月三日ころ江東区役所から建築停止命令を受けたことは当事者間に争いがないところ、一般に賃借人が借地上に建築基準法違反の建物を建築することが、賃貸人と賃借人間の賃貸借契約上の信頼関係に影響を及ぼすことは否定できない。しかし、右の争いのない事実に、《証拠省略》によれば、前記建築停止命令は、「(一)本件建物の敷地が建築基準法所定の道路に接していないこと、(二)本件建物の建ぺい率が六〇パーセントを超えていること、(三)建築確認を受けていないこと」なとを理由とするものであったこと、これを受けて被告中込は、右(二)の建ぺい率の点について六〇パーセントの範囲内となるように、当初の建築計画を変更したこと、しかし、右(一)の本件借地が建築基準法所定の幅員を有する道路に接するための要件を充すためには、本件借地から区道部分に出るまでの私道部分(現況幅員約三・六メートル)の拡幅と区道との交差部におけるすみ切りが必要であり、他の借地人ら関係者の建物の一部などを取り壊す必要があったため、右要件を充たすことは事実上困難又は不可能であったこと、そのため、被告中込は、建築確認を得ることなく、設計変更した建ぺい率六〇パーセントを超えない範囲内で、本件建物を新築したことが認められる。右認定の事実に、前示のとおり、原告自身も本件借地の賃貸人として、七年間という期間は区切ったものの、本件借地上の旧建物の建替などを認めていた経過に照らすと、被告中込において行政上の制裁等を受けるのはさておくとしても、少なくとも、本件借地の賃貸人である原告との関係において、右建築基準法違反の事実をもって、本件契約上の信頼関係を破壊するものとはいえない(なお、原告は、右建築停止命令が原告側の密告によるものと邪推し、被告加瀬の夫である加瀬稔が昭和六一年四月四日夜原告の長男である岩瀬哲朗宅に押しかけ暴行に及んだ旨主張するが、本件全証拠によるも、右暴行の事実を認めるに足りる証拠はない。)。

また、原告は、被告中込が本件改築にあたり借地法八条の二所定の増改築等の許可を求めることなく、原告に無断で本件改築をしたこと旨主張し、《証拠省略》によれば、被告中込が本件改築にあたり借地法八条の二所定の増改築等の許可の手続をしなかったことが認められる。しかし、既に認定・説示した点に照らすと、被告中込が右の裁判上の手続をとらずに、本件改築をしたことをもって、未だ賃貸人に対する信頼関係を破壊したとまではいえない。

(三)  以上によれば、被告中込の本件改築は、賃貸人である原告に対し信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない特段の事情が存するから、原告の本件特約違反を理由とする解除権は、その効力を生じない。

四 請求原因4(本件賃借権の一部譲渡)について

1 請求原因4の(一)及び(二)の各事実は、当事者に争いがない。

2 そこで、抗弁2(背信行為と認めるに足りない特段の事情)について判断する。

(一)  右1の争いのない事実に、《証拠省略》によれば、被告加瀬(昭和一三年生)は、同中込(明治四一年生)と亡中込孝藏(昭和一九年死亡)の次女であるところ、被告中込が本件借地上に旧建物を建築した直後である昭和三六年一月ころから本件改築に至るまでの間、旧建物内に居住し、この点は、原告も認識していたこと、被告加瀬は、本件改築にあたり、その建築資金に充てるため、自己名義で銀行から九〇〇万円を借り入れたことに加え、高齢である同中込と同居して生活の世話をする趣旨などから、同被告と協議のうえ、本件建物を被告らの共有として保存登記手続をし(被告中込・一〇分の三、同加瀬・一〇分の七)、これに伴い、被告中込は、同加瀬に対し、右持分に応じた本件賃借権の一部を譲渡したこと(被告ら両名が右共有の保存登記手続をしたこと、これに伴い被告中込が同加瀬に対し右持分に応じた本件賃借権の一部を譲渡したことは、当事者間に争いがない。)、被告らの親族(被告加瀬の他の兄弟姉妹)が被告らに対し、右共有の登記名義などの点について不服を述べたりしたことはなく、右親族間では、被告加瀬が今後引き続き本件建物に居住し、同中込の世話をすることについての了解のなされていることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の各事実を総合すると、右の本件賃借権の一部の無断譲渡は、未だ本件借地の本件契約上の信頼関係を破壊するに至っていないものと認めるのが相当である。

(二)  原告は、被告中込が借地法九条の二の賃貸人の承諾に代わる許可の申立をしなかったこと、あるいは、本件契約上、本件賃借権の無断譲渡禁止の特約があったにもかかわらず、原告に無断で右譲渡をしたことが信頼関係を破壊するものである旨主張し、《証拠省略》によれば、被告中込が借地法九条の二の賃貸人の承諾に代わる許可の申立をしなかったこと、本件契約上、本件賃借権の無断譲渡禁止の特約の存すること(この点は当事者間に争いがない。)が認められる。しかし、右(一)に認定・説示した点に照らすと、原告主張の右事実をもって、賃貸人である原告に対する信頼関係を破壊する背信行為であるとはいえない。

また、原告は、前記の被告中込の原告に無断での本件改築と本件賃借権の無断譲渡を併せ考えれば、原告との信頼関係を著しく破壊するに至ったものである旨主張するが、既に認定・説示した点に照らすと、右各事実を考慮しても、なお、信頼関係破壊を基礎づけるものと認めることはできない。

(三)  以上によれば、原告主張の本件賃借権の一部の無断譲渡ないしはこれに併せて前記の本件建替の経緯等を総合的に検討・判断しても、未だ解除権は発生していないというほかない。

五 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴各請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋靖之)

〈以下省略〉

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